効果的に痩せるには何をすればいいのか

効果的に痩せるには何をすればいいのか

大事なのは最初の3週間

 

「脂肪酸・ケトッ体のシステム」に一度切り替ってからの「減量効果」は想像以上に凄まじかった。

 

脂肪燃焼のメインスイッチが入る前、私の体重は87キロから5キロ減の82キロだったが、検査の翌日、朝ご飯を食べて体重計に乗ると79.5キロと1日で2〜3キロ痩せて、初めて70キロ台に突入していた。

 

それ以後も約1週間、糖質制限食をキッチリ実践すると、毎日2キロは確実に減っていく。これには驚いた。それまで履いていたジーンズはブカブカになり、特にポッコリと膨らんでいたお腹の周囲の内臓脂肪が急激に燃焼していくのが分った。

 

同時にトイレに行って小便をするとケトン体が放出されるケトン臭を感じる様になった。しかしこれは医師の著書を事前に読んでいたため、特に驚かず、鏝初はふすまパンを食べた後の臭いと勘違いした程である。

 

3週間目には、更に体重を60キロ台に落とそうとふすまパンはどうしても食べたい時以外は手を出さぬようにし、ひたすら冷奴や納豆、朝食のハム・エッグという初期のパターンを繰り返し、まずは体重を下げるだけ下げることにした。

 

3週間目の朝だった。それまでの70キロだった体重が更に減り、当初の87キロから20キロ減の67キロになった。これまでの最低体重記録となった。だが、この時はあまりに急速に体重が減少していくので健康に惡いのではないかと不安になった。医師の著作の中で、体重が下がり過ぎた場合は、太りやすいが、食後高血糖を起こしづらい果糖で調節するといいと書いてあったので、食卓のリンゴを半個食べたりして調整した。すると2キロ増えた。まさに糖質によるジェットコースター状態である。

 

体重が一挙に20キロ落ちた直後は、さすがにフラフラになり、果物やふすまパンを食べ都合5キロ前後増やした。そうやって、時々ゆるめで行かないと、一本調子で下げ続けると、やはり肉体的にも精神的にも負担がかかってくる。少しゆるめてまた続ける。すると更に体重が落ちてくる。

 

3週間で20キロ近く痩せる

 

 

その結果、実際に3週間で20キロ近く痩せてみると、身体は別人の様に軽くなり、自転車に乗るとまるで雲の上を走るような爽快感とスピードが感じられた。

 

ゆるめるといっても、体重を戻し過ぎれば、再び自分が辿ったメタボの道を戻ることになる。それで、1週間ほど果物やふすまパンでゆるめた後、また当初の糖質制限食に戻す、その繰り返しの毎日だった。この間体重は、15〜20キロ減を行き来した。

 

2ヵ月後検査を受けた。

 

体重は、マイナ15キロとなった。

 

この時も直前まで、マイナス17キロを保持していたのだが、ふすまパンの代りに宅配で取り寄せた大豆粉で作った「大豆シナモンパン」や「青春メロンパン」をつい食べ過ぎてしまっだのが原因であった。

 

このように糖質制限食の場合、最初の3週間に劇的に体重が落ちる。後はそれをどう維持していくかが重要となる。

 

最初の頃は、ダイエットレシピを中心に、自宅で料理してもらっていた。だが、次第にそのメニューも尽きてくる。するとタイミング良く、ダイエット本が出て、またそれを参考に新たな糖質制限料理に挑んだりした。

 

その中には、「油揚げピッツァ」や「わかめの豚肉巻き蒸し」、「いんげんと竹の子のカラカラ炒め」のような食べてみて「これは美味しい」と感動したものもあった。だが、実際に作ってみると、手間がかかったり、それほど美味しいと思えないものが多かった。

 

また、天プラの衣も糖質が高いというのでレシピ通り大豆粉を使って揚げたりしたが、上手く調理できないこともよくあった。

 

試行錯誤を繰り返した結果

 

試行錯誤を繰り返した結果、天プラの衣に使う小麦粉量は少量と分析。そこで、我家では天プラの衣は食事メニューの多様性維持のためにもOKにした。このように、糖質を制限しつつも独自の基準を設けていった。

 

それでも糖質制限のメニューは最初の3ヵ月間で底を突いてくる。この時、更に工夫して新しい食材や新たな発想を取り入れないと継続するのが急に苦しくなる。そこで、時には外食を意識的に取り入れ、その中から新たな糖質制限料理の開発をしていった。

 

つまり、糖質制限食そのものに慣れるまで約3週間かかり、その後の繰り返しに慣れるまで約3ヵ月かかった。この間、変化をつけつつも、糖質制限は絶対に続けるという強いポリシーを持つことが大切である。

 

その結果は、糖質制限4ヵ月目の検診で明らかになった。

 

この頃には、当初私を悩ませていた低血糖症状も、血糖降下剤を飲まなくなっていたためにピタリと収まっていた。体重も20キロ減の67キロから動かなくなった。

 

検査数値から見る限りでは、私は糖質制限食を始めて、僅か3週間でメタボリックシンドロームから脱出でき、体重20キロ減。ウェスト20センチ減を実現した。更に4ヵ月間で、糖尿病数値も見事クリアしたことになる。

 

やれば出来るとは思っていたが、自分でもこのスピードには驚いた。そして、医師の糖質制限理論の確かさに、感謝する気持ちで一杯だった。もちろん糖尿病は、一度発症したら治らない病気であり、克服したといってもあくまで良好なコントロールを維持しているだけに過ぎないことは理解している。

 

しかし、たった3週間で最も難しいダイエットを軽々と実現し、血糖値コントロールも4ヵ月過ぎても保たれていることは、とりあえず、メタボリックードミノが食い止められたことの証明であり、ようやくホッと一息つけた。

「無がば回れ」が好結果を生む

 

医師の提唱する糖質制限食に、糖尿病発覚直後に出会ったことが、私にとって何よりの幸運だったが、もうひとつの幸運は職業柄、最初の3ヵ月間とにかく、糖質制限食に集中できる休みを取れたことである。

 

この間、仕事は一切受けなかった。いや、受けたくともまだ調子が悪くて、受けると再び倒れて迷惑になると思ったのだ。

 

そのため、とにかく最初の3ヵ月間は集中して休み、糖質制限食で徹底的に数値を良化させ、復帰後は仕事に支障がないようにしようと考えた。

 

これが企業のビジネスマンなら、そうはいかないだろう。だから、私の「糖質制限短期決戦」3週間、あるいは3ヵ月はいささか例外かもしれない。しかし、やろうと思えば結果が出ることの証明でもある。

 

会社勤めのビジネスマンの場合は、ここまで極端なことはしなくとも、最初の3ヵ月ぐらいをメドにして、じっくりと焦らず取り組んで欲しい。すると糖質制限食を始めて1ヵ月目ぐらいからグングン効果が出てくるように思う。それをそのまま続けていって、3ヵ月ぐらいで10〜15キロ痩せ、血糖値の数字も下げればいい。

 

「急がば回れ」という言葉があるが、糖質制限食の実践もまさにこれが重要である。あまり焦って、我慢をしながら続けると、どこかで必ず行き詰まる。しかし、その時焦らずまた糖質制限食の基本に戻して、理論を読み直す。すると新たなヒントが必ず見つかる。

 

 

 

例えば、定番の料理となった「お豆腐手巻きずし」。これは、手巻き寿司用の海苔とお刺身、それに大葉、一口大の水を切った木綿豆腐を用意し、手巻き寿司の海苔に大葉、お豆腐、刺身を乗せて手巻きにし、ワサビ醤油に付けて食す料理だが、これが旨い。

 

糖質制限食の基本にのっとって、食卓の現場で工夫して知恵を働かせれば、糖質を制脱して、しかも美味しく、腹いっぱいになる料理はいくらでも出来るのだ。

 

私はこの料理を作ってくれた時、「さすが」と感心したものである。これにカイワレ大根を加えると一層美味しくなった。

 

お刺身にしても、大型魚のマクロは水銀を大量に蓄積していると言われるので、鯛などの白身魚を中心に食べ、最後にマクロをいただく。

 

この「お豆腐手巻きずし」は、既存のお寿司が食べられないという私の呟きを元に、「だったら、こうすれば」とパートナーが考案してくれたものである。

 

健康の回復というものは「急がば回れ」の精神でじっくりと取り組むことが必要だ。私はまず、全ての元凶であるメタボリックーシンドロームとそれを契機とするメタボリックドミノに対応するため、まず糖質制限によるスピード感のある「ダイエット効果」に着目した。これがいわゆる「糖質制限ダイエット」と呼ばれるものである。そこから本格的な「糖質制限食」に切り替えていき、これを2年半継続させた。

 

従来までの思考の悪循環を断つことが大切

 

そもそも「○○ダイエット」などといって、一種類の食品をやたらに食べたりするものが多いが、一つの健康法を盲信するだけでは、根本的な健康回復など望めない。

 

物事を始める際、何を一番先に行なわなければいけないかという「優先順位」をつけつつ、一つの考えに囚われず、自分自身で身体の現状について考え、従来までの思考の悪循環を断つことが大切だ。

 

私の場合、その端初となったのが、糖質制限による劇的なダイエットだった。そして、これを実現した後、体重減を維持しながら、血糖値の良化、すなわちHbAICの基準値までの減少を目指すことにした。

 

つまり、最初の3週間でグングン痩せ、体重の負担を軽くしておいて、次に糖尿病の数値を3ヵ月で直す。それを実現したら、このいい状態を如何に持続させていくかを考える。いい状態をキープし、健康を定着させるにはまず、3年間頑張ろうと思った。

 

それには、料理でも一つの見方にこだわらず、基本にのっとりつつも、柔軟性を持って幅広く工夫することが必要となる。

 

例えば、これも好きなメニューとなった「しらたきレタス素麺」という夏の料理がある。

 

これまで暑い夏には、昼食に素麺というのが定番だったが、この素麺が糖質制限的には曲者で、一束の糖質が35.1グラムもあるのだ。そのため糖質制限上ではNGということになる。

 

しかし、最初の3週間に厳格なスーパー糖質制限で10〜15キロのダイエットした後では少し変化をつけることも必要だ。

 

そこで考え出しだのが、糸コンニャク(それも細目のもの)を、レタスと共に茹で、最後に素麺を一束か半束入れるアイデアだった。これを茹だったら冷水にさらし、水を張った器に入れてショウガ醤油で食べる。二人で一束か半束だから、糖質はさらに少なくなる。これを少量でも混ぜて食べるとアラ不思議、食感は殆んど素麺と同じなのだ。

 

しかもレタスを入れることで繊維質も摂れるし、何よりお腹いっぱいになる。それでいて、食感は「素麺」なのだ。まさしく素麺を久し振りに食べながら、糖質制限しているのである。故に私はこれを「想麺」と呼んでいる。

 

美味しくないと絶対に長続きしない

 

糖質制限のレシピ本の中には、全てを糸コンニャクで代用した料理もあるが、これは実際に食べてみると美味しくないし、飽きる。やはり、糖質制限の本質は、糖質を極力制限しながらもあくまで美味しいことが大切なのである。美味しくないと絶対に長続きしない。

 

レシピ本の中には、薄揚げにピザの具を乗せて焼いた「薄揚げピザ」のように、実際にやってみたら素晴しく美味しかったものもある。こうした「名作」は取り入れ、美味しくないものは、美味しくなるように改善を加える。そうした品揃えがある程度のバリエーションを得るのも、やはり3ヵ月はかかった。

 

これが允実してきたら、外食での糖質制限食と兼ね合せて、更にバリエーションも増やす。こうしたことで「糖質制限ライフ」を確立することが出来るのだ。

 

この準備が整わない最初の3週間は、無理せずとにかく原始的な方法を使っても、ダイエットの実現を目指して、厳しい糖質制限を一定期間続けるしかない。

 

特に、身体が体脂肪燃焼モードに切り替る最低10日問・この間、糖質が何故人ってこないのかと最後の抵抗を続ける。その時、不安になったり、こんなことをして身体に良いのかという「常識」の壁も立ちはだかる。

 

しかし、今回はこれでいくという決意と、そのバックボーンになる「糖質制限の理論」をしっかり頭に叩き込んでおくと、その理性が、糖質の最後の抵抗を振り切ることが出来る。

 

糖質が欲しくなくなる

 

 

不思議なもので、身体が脂肪燃焼モードのメインエンジンに切り替った途端、あれほどこだわっていた糖質が欲しくなくなる。身体が体脂肪を使って干不ルギーを生む、本来のモードを使うことに久々に気付いたからだろう。

 

人によっては、このメインエンジンが長い間使われなかったために錆びついていることもある。そういう場合、なかなかメインエンジンに点火しない。それでもスイッチを押し続けていると、やがて体脂肪を燃焼させるメインスイッチがONになり、身体の体脂肪が夜のゴールデンタイム(夜10時〜翌2時)の間に2回燃え、グングンと痩せていくのである。

 

この時、その効果を最大限に高めるため、出来れば夜10時には寝ていなければならない。糖質制限食はその本来の効果に加えて、こうした身体の仕組みをよく理解し、ハイブリッドに良い要素を組み合わせていくことで、更に効果が出る。

 

そしてその組み合わせ方や糖質制限の厳しさは、自分の職業や生活のライフスタイルによって柔軟に工夫するが、基本はキチンと守る。これが重要だ。

 

また、最初の3週間で劇的な糖質制限ダイエットを実行してメタボから脱出したら、それを長くキープするためにも、自分で続けるペースとやり方を変えればよい。つまり、糖質制限を「ゆるめる」のではなく、「割り切る」のである。

 

この割り切りが上手く出来ると、糖質制限は更に楽しく長続きするようになる。

 

これが自分の頭で考えられるまで、心と身体の葛藤はもちろんあった。いったい何時までやるのかとも何度も思った。だが、それを乗り切るのが、やはり最初の3週間にダイエットを成し遂げたという自信、そしてその後に自分の頭で考えながら、様々な工夫をしていくという「心のダイエット」、「脳のダイエット」である。

 

それが出来てこそ、始めて糖質制限は3ヵ月、1年、2年、と継続していくことが可能になる。その意味で、よく考え、よく想像し、しかも実践して効果を確かめることが出来る人こそが長続きさせることができる。

 

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